『嘘と正典』小川哲

『ゲームの王国』を読んでぶったまげ、遡って『ユートロニカのこちら側』を読んで伊藤計劃のアプローチより好みだなあと感心した小川哲。

自分にとってはもう何を読んでも面白いに違いない状態であるのだが、第一短編集が出たので早速読んだ。タイトルは『嘘と正典』。

六編の収録作のうち前半の四編がSFマガジン掲載作であるものの表面的にはあまりSFSFしてないのだが、その実、SF好きのハートをガッチリ掴む作品群だ。

「魔術師」は人気マジシャンが一世一代のタイムマシントリックのマジックを行うが...、という話で題材こそタイムマシンを取り上げているがテイストは中間小説よりの奇妙な味、といったところ。ミステリ系の雑誌に掲載されてても違和感を感じないだろう。

「ひとすじの光」は没交渉だった父が死んで唯一自分に残されたのが持ち馬であった駄馬だったのだが...、という所から始まる競馬小説。何故その馬が自分に残されたのかの意味を血統に絡めて探る。

「時の扉」は千夜一夜物語風の出だしからオヤッと思わされる展開に。
「ムジカ・ムンダーナ」は「ひとすじの光」の音楽版といった趣。

小品だが興味深い「最後の不良」を挟んで表題作の書き下ろし「嘘と正典」がやはりもっとも読み応えがあり、またSFの手法をがっつり使っている。
『ゲームの王国』でポル・ポト政権下の事象を魔術的リアリズムの手法で見事に眼前に再現させた作者が、共産主義の誕生を描く。

扱っている内容はけしてわかりやすいものではないと思うのだが、文章がこなれていて大変読みやすい。
大変な才能だと思うのだが、直木賞はこれをきちんと認めるだろうか。

嘘と正典

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